どうして塔の街といわれるのだろうか? 確かにニョキニョキと空につき出る、地味〜な色の塔が目立っている。
サンジミニャーノでは、11世紀ごろからローマ教皇派と神聖ローマ皇帝派が互いに
けん制しあって時には内乱も起きていた。 そんな時、塔は実用的な存在だったのである。
攻めてくる敵の頭上から、おおきな石をおとしたり、熱く煮えた油をひっくりかえして
かけたりと、攻撃の道具だった。
だが、その後も、塔の建設は、貴族たちの富と権力の象徴となり、どんどん増え続ける。
そこで、街は”グロッサの塔”高さ54mより、高いものはダメとの決まりを
つくるが、それでも建設はおさまらなかった・・・。
一番多い時には72もの塔が、この小さな街にひしめいていたという。 今も、14本の塔が残っている。
写真はサンタ・マリア.アッスンタ参事会聖堂で、左が市庁舎になっている。
ここには、「聖セバスチャンの殉教」「最後の審判」があって、 できたら、見ておきたい。
また、聖女フィーナの礼拝堂では、ギルダンダイオのフレスコ画が有名。 パラツィオ・デル・ポポロには、聖ジミニヤーノがサン・ジミニヤーノを両手で支えている
絵もある。
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